ミュージアムにおける学びとリテラシーについて
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HIRANO Tomoki
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大学院生
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降旗,千賀子
『月刊社会教育』38(3) pp.23~30 1994年
目黒区美術館の開館以来ずっとワークショップに携わってきた著者が、美術館におけるワークショップの可能性を語る。彼女によれば、ワークショップとはひととものとことの“関係”をみつめるためのものであるという。来館者は、美術館で人と関わり、展示と関わり、空間と関わる。美術が社会の中で絶えず新しい方向を向いていくように、ワークショップは、来館者がいつでも新鮮なやり方で能動的に美術館に関わることができ、新たなものの見方を発見することを支援するのである。
少し古いが、ミュージアムのワークショップを“関係”という視点から考えるやり方は少しも古ぼけてはいない。ワークショップによってミュージアムのひととものとこととの“関係”を築き、絶えずそれを更新し異化していくこと、ミュージアムに対して積極的になることが、ミュージアムとうまくつきあうひとつのやり方なのだ。
『月刊社会教育』38(3) pp.23~30 1994年
目黒区美術館の開館以来ずっとワークショップに携わってきた著者が、美術館におけるワークショップの可能性を語る。彼女によれば、ワークショップとはひととものとことの“関係”をみつめるためのものであるという。来館者は、美術館で人と関わり、展示と関わり、空間と関わる。美術が社会の中で絶えず新しい方向を向いていくように、ワークショップは、来館者がいつでも新鮮なやり方で能動的に美術館に関わることができ、新たなものの見方を発見することを支援するのである。
少し古いが、ミュージアムのワークショップを“関係”という視点から考えるやり方は少しも古ぼけてはいない。ワークショップによってミュージアムのひととものとこととの“関係”を築き、絶えずそれを更新し異化していくこと、ミュージアムに対して積極的になることが、ミュージアムとうまくつきあうひとつのやり方なのだ。
誤解をおそれずにいえば、作品について、いくら親切なガイドブックやカラフルなワークシートが用意されていても、見る人が作品そのものに能動的な視線を送らない限りは、真の鑑賞にならないのではないだろうか。まず、作品に物怖じせずに向き合い、自分が、自分の意見を、自分の言葉で、自分なりに表現できるような積極的な視線を持つことが重要なのではないだろうか。そうした能動的な思考があってこそ、ワークシートやギャラリーツアーが鑑賞のために有効な手段になりえるであろう。pp.30
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門林理恵子 西本一志 角康之 間瀬健二
『情報処理学会論文誌』40(3) pp.980-989 1999年
学芸員の専門知識や関心の表現である展示を、見学者一人ひとりに寄り添ったものにするシステムの提案。学芸員が作った展示そのものにおける情報の関連度合いを可視化した「展示空間」、そこからそれぞれの見学者が関心のあるものだけを抜き出した空間が「関心空間」、そして、この2つを組み合わせ、見学者の関心にあわせてデザインされた展示空間が「個人化空間」とされた。
このシステムは歴史民俗博物館のホームページにおいて、展示紹介ページをひとつの展示室とみなして展示空間を作り上げていた。この「みなし」が首を傾げたくなるところで、本当にこの手法が実際に物理的空間を持った博物館でも有効なのかはよく分からない。あるいはデジタルミュージアムのような環境での利用を目的としたものなのかもしれない。
技術的なことはよくわからないが、展示におけるそれぞれの情報の関連度合いを可視化できるシステムというのは面白い。
『情報処理学会論文誌』40(3) pp.980-989 1999年
学芸員の専門知識や関心の表現である展示を、見学者一人ひとりに寄り添ったものにするシステムの提案。学芸員が作った展示そのものにおける情報の関連度合いを可視化した「展示空間」、そこからそれぞれの見学者が関心のあるものだけを抜き出した空間が「関心空間」、そして、この2つを組み合わせ、見学者の関心にあわせてデザインされた展示空間が「個人化空間」とされた。
このシステムは歴史民俗博物館のホームページにおいて、展示紹介ページをひとつの展示室とみなして展示空間を作り上げていた。この「みなし」が首を傾げたくなるところで、本当にこの手法が実際に物理的空間を持った博物館でも有効なのかはよく分からない。あるいはデジタルミュージアムのような環境での利用を目的としたものなのかもしれない。
技術的なことはよくわからないが、展示におけるそれぞれの情報の関連度合いを可視化できるシステムというのは面白い。
琵琶湖博物館
『琵琶湖博物館研究調査報告』17号 pp.1-209 2000年
2000年2月に、アメリカから展示評価と来館者研究の講師(ブライアン・マクラーレン:コロラド大学自然史博物館、ロス・ルーミス:コロラド大学、ミンダ・ボーラン:フランクリン科学博物館)を招き、日本で先進的な試みをしている江戸東京博物館とも協力して、日本ではまだなじみのない博物館を評価する視点についてのワークショップとシンポジウムが行われた。その成果をまとめた報告書。
ワークショップは博物館関係者を対象に、琵琶湖博物館の展示でのトラッキング調査と改善提案、その効果の検討という、来館者調査と展示の企画段階評価(Formative Evaluation)に関するものであった。いつも展示という事業に携わっている博物館関係者であっても、ふだんやったことのない調査に戸惑い、試行錯誤しながらのワークショップだったという。今回の対象は博物館関係者だったが、これをうまく加工すれば、展示をどう見るか、どう見せるかの理解についての、来館者のミュージアム・リテラシーにもつなげる実践ができそうである。
『琵琶湖博物館研究調査報告』17号 pp.1-209 2000年
2000年2月に、アメリカから展示評価と来館者研究の講師(ブライアン・マクラーレン:コロラド大学自然史博物館、ロス・ルーミス:コロラド大学、ミンダ・ボーラン:フランクリン科学博物館)を招き、日本で先進的な試みをしている江戸東京博物館とも協力して、日本ではまだなじみのない博物館を評価する視点についてのワークショップとシンポジウムが行われた。その成果をまとめた報告書。
ワークショップは博物館関係者を対象に、琵琶湖博物館の展示でのトラッキング調査と改善提案、その効果の検討という、来館者調査と展示の企画段階評価(Formative Evaluation)に関するものであった。いつも展示という事業に携わっている博物館関係者であっても、ふだんやったことのない調査に戸惑い、試行錯誤しながらのワークショップだったという。今回の対象は博物館関係者だったが、これをうまく加工すれば、展示をどう見るか、どう見せるかの理解についての、来館者のミュージアム・リテラシーにもつなげる実践ができそうである。
展示評価の基本的な考え方は、展示という場を通して、博物館と来館者とのコミュニケーションを計ることができているのか、あるいは展示が博物館からのメッセージの伝達の場と考えるならば、そのメッセージを来館者に伝えることができているか、ということを調べ、その結果から改善の方法を探るということである。あくまで実践的な評価であって、来館者の動向を研究するための方法ではないとされている。
このような評価は展示というものを考え直すきっかけになると考えられる。展示は単に知識を伝える場でもなければ、楽しく遊ぶ場というだけでもない。一時的な楽しさだけが協調されるようでは、イベントのディスプレイと同じであるし、博物館からのメッセージなども必要ではない。博物館の展示においてもっとも大切なのはメッセージのないようであり、そのメッセージがどのように伝えることができているのかということが展示評価の内容である。pp.14
湯浅万紀子 尾坂知枝子
『名古屋市科学館紀要』30号 pp.6-17 2004年
2002年に名古屋市科学館40周年記念事業として行われた、「なつかしの科学館思い出募集」に寄せられた1000字程度の文章(39通)と、2001年/2003年の科学技術館サイエンス友の会でのアンケート及びインタビュー調査(76件/81件・123件)、2003年に奈良学園中学校・高等学校での実験演示体験の影響力のグループ・インタビュー調査(29名)を比較しながら、博物館体験の長期的な影響力を考えている。
結果、来館者の体験という意味づけが強い名古屋市科学館の事例では家族や友人との思い出として体験が記憶されており、それに対して、継続的に館の活動に関わっている人の体験を捉えた科学技術館の事例では、スタッフとの関わりについて言及した回答が多かった。子どもたち対象の実験演示を行った奈良学園の事例では、コミュニケーションという核を持った体験が語られた。
それぞれの調査は重きを置くところも違えば、調査の手法も違うので、単純に比較できるものではない。ただし、この調査は、博物館体験を総体として捉えるときに、展示を見た直後のアンケートだけではなく、長期的な視点を持った博物館の評価のひとつの形を提示したと言うことができる。
『名古屋市科学館紀要』30号 pp.6-17 2004年
2002年に名古屋市科学館40周年記念事業として行われた、「なつかしの科学館思い出募集」に寄せられた1000字程度の文章(39通)と、2001年/2003年の科学技術館サイエンス友の会でのアンケート及びインタビュー調査(76件/81件・123件)、2003年に奈良学園中学校・高等学校での実験演示体験の影響力のグループ・インタビュー調査(29名)を比較しながら、博物館体験の長期的な影響力を考えている。
結果、来館者の体験という意味づけが強い名古屋市科学館の事例では家族や友人との思い出として体験が記憶されており、それに対して、継続的に館の活動に関わっている人の体験を捉えた科学技術館の事例では、スタッフとの関わりについて言及した回答が多かった。子どもたち対象の実験演示を行った奈良学園の事例では、コミュニケーションという核を持った体験が語られた。
それぞれの調査は重きを置くところも違えば、調査の手法も違うので、単純に比較できるものではない。ただし、この調査は、博物館体験を総体として捉えるときに、展示を見た直後のアンケートだけではなく、長期的な視点を持った博物館の評価のひとつの形を提示したと言うことができる。
『美術手帖』829 pp. 162-164 2003年
2002年9月から10月にかけて三鷹市美術ギャラリーで開催された「ミロ-マヨルカ島の光の中で」に関連して、館とNPO法人AIT(アーツイニシアティブトウキョウ)の共同企画によるワークショップ体験記。2日間に及ぶワークショップではまず、展覧会を鑑賞し、簡単なレクチャーを受けた後、参加者は企画会議・作品選び・展示作業に至るまで、もうひとつのミロの展覧会を自分たちだけで企画していく。
展覧会を作ってみる、というのは難しそうだが、面白い活動である。ワークショップの前に見たミロの展覧会の、ありえたかもしれないほかの可能性が見えてくる。展覧会というのは、その館によるひとつのものの見方でしかないことを示すワークショップであったと言える。ただしこれはアカデミックな実践ではないし、ただの雑誌記事なので、評価などの部分は存在しないしよく分からない。スタッフにも参加者にも高いモチベーションがあったからこそ成功した実践だったと言えるだろう。
2002年9月から10月にかけて三鷹市美術ギャラリーで開催された「ミロ-マヨルカ島の光の中で」に関連して、館とNPO法人AIT(アーツイニシアティブトウキョウ)の共同企画によるワークショップ体験記。2日間に及ぶワークショップではまず、展覧会を鑑賞し、簡単なレクチャーを受けた後、参加者は企画会議・作品選び・展示作業に至るまで、もうひとつのミロの展覧会を自分たちだけで企画していく。
展覧会を作ってみる、というのは難しそうだが、面白い活動である。ワークショップの前に見たミロの展覧会の、ありえたかもしれないほかの可能性が見えてくる。展覧会というのは、その館によるひとつのものの見方でしかないことを示すワークショップであったと言える。ただしこれはアカデミックな実践ではないし、ただの雑誌記事なので、評価などの部分は存在しないしよく分からない。スタッフにも参加者にも高いモチベーションがあったからこそ成功した実践だったと言えるだろう。