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ミュージアムにおける学びとリテラシーについて
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名前:
HIRANO Tomoki
職業:
大学院生
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母利美和
『日本史研究(499) pp.41-61 2004年3月

滋賀県の歴史系博物館の、(1)地域博物館としての活動(2)学芸員の現状(3)大学との連携について各館に対して行ったアンケートの結果から、歴史教育の場としての博物館の現状を考える。地域博物館は地域に根ざし、郷土の歴史を作り上げていく、新しい歴史系博物館の形として捉えられる。しかし、学芸員の人員不足や資質不足、大学などの研究機関との連携の難しさから、なかなかうまくは行っていないのが実際のところのようだ。

[…]現代の博物館に求められる歴史教育は、博物館(学芸員)から市民への啓蒙という一方向ではなく、博物館(学芸員)と市民の双方向の対話による歴史教育と想定される。すなわち、「歴史の生産者」は研究者や学芸員だけではなく、博物館における歴史研究に市民が参加し、あるいは市民が自発的に課題を設定し、アマチュアとして「歴史の生産者」となりうる環境を備えた空間(場所)と機能を持つものこそが、現代に求められる地域における博物館像といえよう。pp.43-44
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青木哲夫
『歴史科学』(151)pp.1-10 1998年6月

豊島区立郷土歴史館で行われた戦争関係の展示や事業について紹介しながら、人々の歴史認識の形成に寄与する歴史系博物館のあり方について述べる。戦争の被害に関する遺物展示、学童疎開に関する図版とパネルなど、さまざまなものを駆使して展示を構成し、図録も作成した。
基本的にこの館の活動が具体的に述べられているだけなので、ここから何が分かるというわけでもないが、歴史系博物館にとって「歴史認識」という言葉がキーワードのような気がしてきた。歴史系博物館は試行錯誤しながらものと情報を展示して実体のない「歴史」というものを紡ぎ上げ、人々の歴史認識を作るのだ。

「“もの”そのものに語らせる」ということが、よくいわれるが、私は、このことを文字通りに解したらそれは間違いで、“もの”はそのままでは何も語らない、と言いたい。先の空襲被災品も、知らない人が初めてそれを見たら、なんだか分からずショックも受けようがない。ましてや疎開先の生活用品の大部分は、それ自体は普通の生活用品なのであるから、これが使われていたところでどのようなことがあったのかを彷彿とさせる、そんな想像力をかきたてるような説明が必要である。pp.6
久留島浩
『地理歴史教育』608 pp.28-35 2000年

国立歴史民俗博物館の歴史展示の特色と、歴史学習との関連性を考える。歴博の展示は通史展示ではなくテーマ展示を行い、学校教育とは距離を置くことが暗黙の前提とされているという。歴博は「正当な」歴史解釈を意識的に避けているのである。ただし、歴博の展示は、現状のままでは子どもの歴史学習には使いにくいという。
博物館は「もの」を見せる場であるという意識がそこにはある。博物館の学習は、「もの」から展開しなければならない。そこから、学習者それぞれが、歴史認識、「歴史を観る力」といったものを紡ぎ出すべきなのである。歴史系博物館が歴史教育において果たすべき役割は、一般的な他の博物館においても適用できるだろうか。

近年、歴史的事実や真実は相対的なものであり、歴史叙述は「物語」にすぎないのだという考え方が広がりつつあるが、「事実」に近づく資料批判の方法や認識方法を習得することが「歴史を観る力」の習得とあわせて歴史学習の獲得目標であるということだけは譲れない。pp.34
會田康範 藤實久美子
『歴史地理教育』695 pp.14-21 2006年

学習院大学史料館と学習院高等科の連携により2005年度に行われた「総合」の講座「博物館を知ろう」を紹介する。この講座の目的は、受講者に博物館そのものに対する関心を深めてもらうことであり、そのために、来館者の視点ではなくインサイダーとして博物館の普及活動に関わり、業務の実際に触れられるようにした。授業でも、生徒たちの関心から出発し、あらゆるものが資料となりうることなどが講義された。
(歴史系)博物館は、身近な「モノ」に刻まれた歴史の痕跡を発見し、考え、主体的に何かを作っていく場であるとされる。学習院の中で行われている小さな実践ではあるが、これは、博学連携により博物館そのものを学ぼうとする意欲的な試みとして位置づけられる。
小島道裕
『歴史地理教育』695 pp.8-13 2006年

国立歴史民俗博物館に勤務し、イギリスの博物館に留学経験のある著者が、イギリスやアメリカの博物館教育の事例を紹介しながら、博物館、とくに歴史系博物館における参加・体験について考える。彼は、歴史系博物館の体験プログラムに(1)追体験型(2)研究体験型(3)創造型、という3つの型があるとし、現在のプログラムでは(1)が優越しているが、博物館という素材を最大限に用いた体験を創造するのであれば、(2)が重視されるべきであるとする。博物館は、来館者一人ひとりが歴史を探求するための素材を提供する場所なのだ。
歴史系博物館の存在する意義、博物館教育が果たすべき役割について、示唆に富んだ内容になっている。

そして、実は博物館自体がそのような装置なのではないでしょうか。「歴史」は博物館自体の中にあるわけではなく、それを探求するための素材があるにすぎないのです。地域のさまざまな場所で、さまざまな人々によって営まれてきたのが実際の歴史で、その名残として遺跡があります。そしてそれらの全体を見渡し、情報を得る「ビジターセンター」として博物館を利用するなら、本物の歴史を尋ねる上で有用な知識を得ることができるでしょうし、探究していくための方法を身につけるトレーニングセンターとしても役立つでしょう。pp.13
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